AI-DX

AIネイティブな組織には骨の髄まで透明性が必要、という話(コンテキストエンジニアリング前段)

AIネイティブ組織とコンテキストエンジニアリング

これまでのAI活用は、個人がプロンプトを工夫して成果を引き出す段階にとどまっていました。
いま、潮流は「AIが文脈(コンテキスト)を理解し、意思決定に参加できる組織をどう設計するか」に移りつつあります。

こうした変化の中心にあるのが「コンテキストエンジニアリング」という考え方です。


Claudeを運営するAnthropicの「Effective Context Engineering for AI Agents」(2025年9月)を引用します。

“Context is a critical but finite resource for AI agents. … The art and science of context engineering is curating what will go into the limited context window from that constantly evolving universe of possible information.”
(コンテキストはAIエージェントにとって重要だが有限な資源であり、コンテキストエンジニアリングとは、常に変化し続ける情報の宇宙から、限られたコンテキストウィンドウに何を入れるかを選び抜くアートでありサイエンスである。)

McKinsey「The Agentic Organization」(2025年9月)では、AI時代における組織設計を次のように定義しています。

“Winning operating models of the future will empower agentic teams, with flat decision and communication structures that operate with high context sharing and alignment across teams to ensure they move in sync.”

「未来の成功するオペレーティングモデルは、文脈共有と整合性を高く保つフラットな意思決定構造を備えたエージェンティック・チームによって支えられる。」

つまり、AIネイティブな組織の基盤はテクノロジーではなく、文脈を共有し続ける仕組みにあるということです。

透明性への不安 - なぜ私たちは抵抗を感じるのか

AIにとって必要なのは情報ではなく、「なぜその判断に至ったか」という意思決定の文脈です。一方課題として、多くの組織ではその文脈が立ち話や忖度といった非記録領域に潜んでいることが度々あります。

AIが文脈を扱えるようにするには、まず人間側が「文脈を表に出しても大丈夫」という文化的前提を整える必要があります。しかし、ここで多くの人が感じるのは、すべてが記録され分析される世界への漠然とした不安です。

「常に見られている」「すべてが記録される」という状況は、ジョージ・オーウェルの『1984年』で描かれた監視社会を想起させ、組織内で本能的な拒否反応を引き起こすかもしれません。こうした懸念は、もっともな反応です。組織へのAI導入を阻む最も大きな壁の一つが、この「監視されている」という心理的な抵抗感だと考えています。

1. なぜ私たちは「見られること」を恐れるのか?

人間が記録されることを恐れる心理は自分が客観的に、合理性を伴って公明正大に意思決定しているわけではない、という裏返しだと考えます。

  • 裏と表のコミュニケーション
    会議の場では当たり障りのない意見しか言わず、MTG後の立ち話や非公式な場で本音(あるいは愚痴)が交わされる。
  • 非合理な意思決定
    データや論理ではなく、声の大きい人の意見や、忖度、社内政治によって物事が決まってしまう。
  • 責任の所在の曖昧さ
    なんとなくで物事が進み、失敗した時に「誰が、なぜその判断をしたのか」が誰も説明できない。

不健全なコミュニケーションや意思決定のプロセスが、AIによって白日の下に晒されることに後ろめたさがあるとしたら、それ自体が私たちの恐怖の正体です。AIにコンテキストを渡すことが問題なのではなく、AIに映し出される私たち自身の組織文化に問題がある可能性があるのでは、ということです。

2. AIという「鏡」がもたらす3つの変革

このAIという巨大な「鏡」を組織に置くことで、私たちは否応なく自分たちの姿と向き合うことになります。そして、それは健全な組織文化を育むための、良い機会となり得ます。

  • 変革①:パフォーマンス(劇場型)からの脱却
    「会議のための会議」「上司に報告するためだけの資料作り」といった、実質的に価値を生まない仕事は、AIの鏡の前では意味をなしません。プロセスがすべて記録・分析される世界では、アウトカム(成果)に繋がらない行動は自然と淘汰され、誰もが本質的な仕事に向き合うようになります。
  • 変革②:心理的安全性の向上
    一見逆説的に聞こえるかもしれませんが、徹底的な透明性は、心理的安全性を育みます。なぜなら、裏での駆け引きや根回しといった政治が機能しなくなるからです。全ての議論がオープンな場で、記録に残る形で行われるようになれば、誰もが安心して自分の意見を表明できるようになります。判断の根拠が明確になるため、「なぜあの人の意見だけが通るんだ」といった不信感も生まれにくくなります。
  • 変革③:「学習する組織」への進化
    成功も失敗も判断プロセスが全て記録されることで、組織は自らの行動から学ぶことができるようになります。「あのプロジェクトが成功したのは、初期段階でのAという判断が決め手だった」「今回の失敗の原因は、Bという重要な情報が見過ごされていたからだ」。こうした具体的な学びが、個人の経験則ではなく組織全体の共有資産となるのです。

3. AIにコンテキストを捧げる組織文化を作る文化原則

では、どうすればこのような健全な文化を育むことができるのか。それは以下の3つの文化原則を、リーダーが率先して実践し組織に根付かせていくことに尽きるのではないでしょうか。

  • 原則①:Disagree and Commit(反対し、そしてコミットせよ)
    「Disagree & Commit」とは、意思決定のプロセスにおいて、個人が自分の意見を表明し異議を唱えることが許される一方で、一度決定が下されると、全員がその決定を実行に移すことを約束するマネジメントの原則です。この文化があれば、オープンな議論は対立ではなく、より良い結論を生むための健全なプロセスとなります。
  • 原則②:Blameless Post-mortem(非難なき反省会)
    失敗が起きた時、犯人探しをするのではなく、「なぜ、その事態を防ぐための仕組みがなかったのか」を問う。Googleなどが実践するこの文化は、失敗を個人の責任ではなく、組織全体の学習機会と捉えるための重要な考え方です。失敗のプロセスがAIによって記録されているからこそ、客観的な事実に基づいて、個人を非難することなく、システムやプロセスの改善に繋げることができます。
  • 原則③:Work in Public(オープンな場で仕事をする)
    セキュリティやコンプライアンス上の制約がない限り、DMやクローズドな会議ではなく、オープンなSlackチャンネルや共有ドキュメントで仕事を進めることを原則とします。自分の思考プロセスや迷いをオープンにすることで、他者からのフィードバックを得やすくなり、より良いアイデアが生まれる可能性が高まります。これは、自分の仕事が常に「AIに見られている」状態を、ポジティブに受け入れるためのトレーニングでもあります。

必要な情報の非対称性と、透明性のバランスに配慮する

組織の現場に文化を導入する上で、当然ですが透明性を追求する上で個人の尊厳やプライバシーや情報セキュリティに関わる情報へのアクセスについては当然配慮が欠かせません。

いくつか具体を記載します。

  • 個人のメンタルヘルスやプライベートな内容への配慮 1on1や個人的な相談など、心理的安全性が必要な場面では記録を残さない選択肢も必要です。
  • 情報セキュリティとアクセス権限 透明性とは全ての情報を全員に公開することではありません。顧客情報、契約内容、財務データなど、適切なアクセス制限が必要な情報は当然存在します。重要なのは、「なぜこの情報にアクセス制限があるのか」という理由が明確で、恣意的でないこと。そして、制限のない情報については最大限オープンにする、というメリハリです。
  • 明確なガイドライン 何を記録し、何を記録しないか。記録されたデータは誰がどのような目的で使えるのか。こうしたルールを明文化し、全員で合意形成することが信頼構築の第一歩となります。

【結論:透明性を組織にインストールしたい】
AIネイティブ化がもたらす徹底的な透明性は、息苦しい監視社会の到来を意味するのではありません。不健全な社内政治や非合理な意思決定を浄化し、健全でオープンな文化を育むための、強力な触媒として作用させることができます。

AIに見られて困るような仕事の進め方をしているのなら、変えるべきはAIではなく私たちの働き方そのものです。透明性は、ルールや罰則よりもはるかに強力なガバナンスとして機能します。経営者やマネージャーが意識すべきは、AI導入そのものではなく、AIが正しく学べる環境=透明な組織構造を設計できているかという観点です。

ここに書いた内容はかなり理想論的であり、ゼロか100かで実現できるものではありません。ただ冒頭で記載したコンテキストエンジニアリングのような新しいパラダイムには進みたい。そのためには、この記事で扱った透明性に関する組織文化を、方向性や思想性として組織全体に浸透させる必要があると私たちKumonoでは考えています。

そのための具体的な施策やまず成果のでやすい着手領域については、別記事で後日扱います。次回は、この透明性を実際に組織に実装するための具体的な施策と、成果の出やすい着手領域について解説します。

Kumonoでは、AIネイティブ組織への変革を、組織文化の設計から実際のAI導入、DXの支援領域で受託事業をしています。コンテキストエンジニアリングの実装、透明性を担保する仕組みづくり、具体的な着手点の設計など、「自社でどう始めればいいか相談したい」という方は、Kumonoまでお気軽にお問い合わせください。組織の現状をヒアリングした上で、最適な進め方をご提案します。

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