イエスマンは、意見を持っていない人じゃない

「社員がもっと主体的に動いてくれたらいいのに」「会議で意見を求めても、誰も発言しない」。こういう嘆きを経営者から聞く機会は多いです。

ただ、現場のメンバーと腹を割って話すと、意外な本音が出てきます。

「どうせひっくり返るんで」「だったら最初から社長の正解を待ってた方が傷つかない」

イエスマンとは「意見を持っていない人」ではありません。「意見を出しても意味がない」と学習した結果、もう表に出さなくなった人のことです。

そしてそう学習させているのは、多くの場合、組織の意思決定プロセスにあります。特にちゃぶ台返しの作法です。

なぜちゃぶ台返しは現場を冷めさせるのか

ちゃぶ台返し自体が悪いわけじゃないです。状況が変われば決定を修正するのは経営者の役割ですし、むしろそれができない方が危うい。

問題は「変えるかどうか」じゃなく、どう変えるか。ここが分かれ目になります。

時間をかけて準備したことが突然「なかったこと」になる。自分なりに考え抜いた判断が、評価もされないままリセットされる。なぜ変わったのかの背景も降りてこない。こういう経験が積み重なると、現場は「本気で考えても結局ひっくり返る。省エネしないと身がもたない」と学んでしまいます。

主体性を出すのはリスクを取ることでもあります。 仮説を立てて提案する、反対意見を出す、外すかもしれない。その心理的コストを払って挑戦したのに、何度もひっくり返されたら、「波風立てずに従う方が合理的」という判断が当然働くことになります。

こうして、意見を持っていても出さない人が増えていきます。経営者が「もっと意見を出してほしい」と言うほど、皮肉なことに現場との温度差が増してしまうのです。

ちゃぶ台返しが起きやすい組織のパターン

よく見るのは、「決め方」は設計されているのに「やめ方」が設計されていない組織です。新しい施策を始める時に目的や狙いは明確にする。でも「どうなったら見直すのか」「どの条件で撤回を検討するのか」まで決めているケースはあまりありません。やめ方が決まっていないと、撤回のタイミングは場当たり的になります。経営側の頭の中では筋が通っていても、現場には「またガラガラポンが起きた」という印象だけが残ります。

もう一つは、フィードバックが一方向になっている組織です。経営から現場への指摘は頻繁に飛ぶのに、現場から経営への声を吸い上げる仕組みがない。経営側は「特に問題なく回っている」と思い続けます。結果として、意図とは無関係に「ちゃぶ台返しが当たり前の組織」ができあがります。

ノーを伝える時に、未来のイエスマンを増やさないために

どうしてもちゃぶ台返しや「ノー」が必要な場面は来ます。その時の伝え方しだいで、挑戦した人がもう二度と手を挙げたくなくなるかどうかが決まります。

まず、軸をはっきりさせること。「なんとなく違う」で終わらせず、今ではないのか、このやり方ではないのか、ビジョンとずれているのか。どの軸で違うと感じているかを言葉にします。どうしても直感に寄っている場合は、「正直ロジックを超えて主観がかなり入っている。ただその判断の責任は自分が負う」と伝えた方が、現場の納得感は上がります。

もう一つは、挑戦した行為そのものへのリスペクトです。方向転換を伝える時に最も失われやすいのは、「自分の時間と勇気が、きちんと扱われたか」という感覚です。

「この案、ちょっと違うかな。もう一回考え直して」で済ませるのと、「提案してくれたおかげでこの論点がクリアになりました。今回はタイミングの問題で見送りたいです。理由は今期こっちを優先していて、リソースを割くとスケジュールが崩れるからです。この部分は次の施策で必ず使うので、一緒に形にしたいです」と伝えるのでは、同じちゃぶ台返しでも受け取り方がまるで違います。

「結果は採用されなかったけど、やってよかった」と思えるかどうか。 ここがイエスマンを増やすか減らすかの分岐点です。

正しさだけでは人は動きません。作法と構造を変えることで、同じ意思決定でも現場の受け取り方は変えられます。

Kumonoに相談する →

Newsletter

事業を伸ばすための顧客理解、AI活用や組織実装について、現場で得た知見を不定期でお届けします。

お問い合わせ

Kumonoでは、スタートアップの支援に関するご相談を承っております。
お気軽にお問い合わせください。

無料相談を予約する