グロース戦略

施策を10倍に増やしても売上が伸びなくなった時に考えること

「もっとPDCA回せ」「A/Bテスト毎週やる勢いで改善回すべきでは?」と会議で言われる。言われた通りに施策を10倍に増やしてみる。が、数字は動かない。なんとなくフットワークも重くなってしまう。これは組織のモメンタムが落ちただけではなく、同じゲームの延長線上に答えがなくなったサインかもしれない。

施策を2倍、3倍と積み重ねて事業が成長しているうちは、それでいい。次もその延長線上に答えがある。

問題は、施策を増やしても伸びなくなった時にある。

KPIを分解しても答えが出ないサービスがある

例えばロジカルなアプローチとして、KPIツリーを作り、レバーを特定し、そこに施策を集中する。きれいで、組織も動きやすい。

例えば、BtoBの受託ビジネスの売り上げを考えてみる。売上=商談数×受注率×案件単価。弱いところがわかれば打ち手もテコ入れする箇所もわかりやすい。

一方で、このアプローチが機能しにくいサービスもある。

たとえばフィットネスジム。「会員数×継続率×月額」で分解はできる。でも「なぜ1月に入会が増えて3月に退会が増えるのか」はツリーからは見えない。正月太りや新年の決意という外部のトリガーが需要を動かしているからだ。

似た構造は、至るところにある。英会話サービスなら転職や海外出張という人生イベントが申込を左右する。タクシーアプリなら終電を逃したか雨が降っているかでダウンロード数が変わる。保険なら自分や身近に何かヒヤリとする体験をしたタイミングが契約のきっかけになるかもしれない。

こうしたサービスでは、需要のトリガーが自社のコントロール外にある。KPIを分解して「このレバー引けば全部解決する」とレバーを探す行為が成果につながるならハッピーだが、外部要因に大きく巻き込まれてしまう場合がある。

ビール会社はなぜうまくやっているのか

身近な例としてビールも同じ構造を持つのではないか。「飲みたい気持ち」は暑い日、仕事終わり、BBQといった外部要因で生まれる。「暑い日を増やせば需要が上がって売上も上がる」からとKPIに気温を組み込んで、温暖化推進施策を打つことはできない。

ところが、ビール会社はこの制約の中で巧みに戦っているはずだ。サントリーの金麦は2020年から「四季の金麦」として、季節ごとに味わいを変える取り組みを始めた。冬は「味わい豊かに」をコンセプトに、鍋をはじめとする冬の料理に合うよう麦の味感と刺激感のバランスを調整している。開発時には会議室の温度を四季の気温に見立てて変えながら試飲し、100回以上の試作を繰り返したという(サントリー公式)。アサヒの生ジョッキ缶は「家でお店の生ジョッキの気分が味わえたら」という顧客の声をきっかけに、缶の内側に特殊塗料でクレーター状の凹凸を施し、開栓時に自然発泡する仕組みを4年かけて開発した(アサヒビール公式)。どちらもCMで訴求しているのは結果であって、入口はシーンの特定と、そのシーンで選ばれるための商品設計の方だ。

つまり彼ら彼女らが見ているのはKPIツリーではなく、「どういうシーンで、なぜ自社製品が選ばれるか」という設計である。我々が学ぶべきは、シーンに沿った大量の広告予算を準備してシーンで想起されることを目論むことではなく、シーンと選ばれる理由が分かっていれば、プロダクトの設計、オンボーディングの導線、顧客接点のタイミングと、一貫して打ち手の精度が上げられるのではないか、ということである。

事業の伸ばし方は、突き詰めると2つしかない。

1つはシーンを増やすこと。もう1つはシーン内で選ばれる確率を上げること。

そしてどちらをやるにも、「今、自分たちはどういうシーンで、なぜ選ばれているのか」が分かっていないと、打ち手が見えない。

選ばれる理由の解像度が打ち手を決める例

次に、ワークマンを例に考えてみる。

ワークマンは創業以来約40年間、作業服市場で圧倒的なシェアを持つ企業だった。しかし仕掛け人の土屋哲雄専務(当時)は「作業服市場は1000店舗・1000億円で飽和する」と試算し、次の成長先を探し始めた(ビジネス+IT)。

ここで土屋氏が着手したのが、選ばれる理由の捉え直しだ。アパレル市場を「高価格⇔低価格」「デザイン性⇔機能性」の4象限に分けた時、「低価格かつ機能的」の象限が空白であることに気づいた。ワークマンの作業服が職人に支持されてきた理由は「職人向けだから」ではなく、過酷な環境に耐える高機能を、圧倒的な低価格で実現していた信頼感であり、この価値を求めているのは職人だけではないはず、という仮説を導いている。

WWDJAPANのインタビューで土屋氏はこう語っている。「これだけ支持を集めたのは、高機能・低価格のアウトドアウエアが空白マーケットだったからにほかありません」「プロ向けと同じ商品を一般客に売っています」(WWDJAPAN)。「進出」ではなく「客層拡大」として、同じ商品を、同じ理由で選んでくれる別のシーンの人に届けた。結果、アウトドア、キャンプ、バイク、運動といった飛地のシーンが次々と開け、4000億円規模の空白市場を切りひらいている。

この例から学べることは、選ばれる理由を「誰に」(WHO)や「何で」(HOW)で捉えていると天井にぶつかる。「なぜ」(WHY)で捉え直すと、飛地が見えるということである。

これは筆者自身の経験でもある。前職で在籍していたオンラインフィットネスサービスのSOELUは、コロナ禍で急成長した。しかし「オンラインフィットネスの会社です」という自己認識のままでは、コロナ後にオンライン需要が相対的に縮小した時点で天井にぶつかってしまう。もし「手軽に本格的な運動習慣を始められるサービスだから選ばれている」と捉え直せていたら、オンラインに限らない展開が見えてくる。実際、現在SOELUはオンラインフィットネスだけでなく、2023年に1店舗目をオープンしたのを皮切りに、店舗を100店舗近く全国に拡大している。

選ばれる理由を手段(HOW)で捉えると天井にぶつかる。価値(WHY)で捉えると飛地が見える。 この転換こそが、施策を積んでも伸びなくなった局面で本当に必要なことなのではないか?

「後づけ」と「事前に掴む」は何が違うのか

ワークマンの場合、土屋氏はポジショニングマップを描き、空白市場を発見し、意図的に客層拡大に動いた。選ばれる理由を戦略として使った好例だ。

しかし、すべての企業がこうはいかない。綺麗に行かないことも多いし、実際のところ、成功事例の多くは後づけで語られている可能性もある。偶然のバズから「いけるかも」で始まり、うまくいってから理由を整理するケースも多いのではないか?。

問題は、渦中にいる時にそれが見えるかどうかだ。選ばれる理由を事前に掴めていれば、「たまたまバズった」ではなく「この価値が刺さりそうなシーンはどこだ?」と意図的に動くことができる。これを組織として行うことができれば持続的なサービス成長の再現性が担保される。

顧客が選ぶ理由を掴んだ先にも壁がある

ここまで読んで「うちは選ばれる理由、分かってるよ」と思った人もいるかもしれない。アンケートも取っている。インタビューもしている。でも次の方向性は綺麗に決まらないし、順調にトップラインが伸びているわけではないよ?という方もいるかもしれない。

実は、「選ばれる理由を知っている」と「その理由で成長できる」の間にはもう1つの壁がある。顧客の言葉の表層で戦略を組むと、外に拡張しても内を磨いてもうまくいかない、という構造的な罠だ。これについては別の記事で詳しく書いた。

本記事では、まず「選ばれる理由をどう掴むか」の具体的な進め方に絞って書く。

具体的に何をするか

ここからは、「なぜ選ばれているか」を実際に掴むための具体的な進め方について書く。すでに「理由は分かっている」という人も、その理由が本当に打ち手に繋がる形で掴めているかを確かめるつもりで読んでほしい。

まず、エクセルを閉じて1人の顧客に会いに行く

最初にやるべきことは、データ分析ではない。最近、自社のサービスを使い始めた顧客1人に「あの日、なぜうちを選んだのか?」を聞きに行くことだ。

ただし「なぜ選んだんですか?」とストレートに聞いても、まともな答えは返ってこない。人は自分の行動の理由を正確に言語化できないからだ。「なんとなく良さそうだったので」で終わる。

聞くべきは、選んだ理由ではなく選んだ日の行動だ。

「申し込んだのはいつ頃でしたか?」「その日、何がきっかけで調べ始めましたか?」「他に何と比べましたか?」「最終的にうちに決めた瞬間、何が決め手でしたか?」。こうやって時系列で行動を辿ると、本人すら自覚していなかったシーン(いつ・どういう状況で)選ばれた理由(なぜ他ではなくうちだったのか)が浮かび上がる。

これを5〜10人やると、パターンが見えてくる。「意外とみんな同じタイミングで申し込んでいる」「比較対象がうちの想定と全然違う」「決め手だと思っていた機能は誰も挙げない」。こういう発見は、エクセルの中にはない。

そしてもう1つ、必ずやってほしいことがある。顧客が「安心だから」「便利だから」「信頼できるから」と抽象的な言葉を使った時に、「それって、具体的にはどういう瞬間のことですか?」と掘っていくことがとても大切である。同じ「安心」でも、顧客ごとに指している中身が違う。この具体を掴まないまま抽象語で戦略を組むと、ロジックは通るのに市場で外す、という結末になる(なぜそうなるかは別記事に書いた)。

次に、データで「シーンの地図」を描く

N1インタビューで仮説が見えたら、今度はデータに戻る。

やることは、KPIを分解することではなく、顧客をシーン別に分類することだ。たとえば、申込日の前後で何が起きていたか(季節、曜日、流入元、閲覧ページ)を見ると、いくつかのシーンが浮かび上がる。

ビール会社に倣えば、「仕事終わりの一杯」シーンと「BBQの買い出し」シーンでは、同じ商品でも選ばれる理由が違う。同様に、自社のサービスにも複数のシーンがあるはずで、シーンごとに選ばれる理由が違っている可能性が高い。

この「シーンの地図」が描けると、風景が一変する。「なぜKPIツリーを分解しても答えが出なかったのか」が分かるからだ。異なるシーンの顧客を一括りにしてKPIを見ていたから、平均値が何も語らなかったのだ。

「守り」と「攻め」を決める

シーンの地図が描けたら、最後にやるべきは打ち手の整理だ。

守り=既存シーンで選ばれ続ける。 今のメインシーンで選ばれている理由を強化する。その理由が壊れないように守る。ここが崩れたら事業そのものが崩れるから、最優先。

攻め=新しいシーンで選ばれにいく。 「この理由で選んでくれる人は、他にもいるんじゃないか?」を探す。ワークマンが「高機能×低価格」の空白市場を見つけたように、選ばれる理由が価値(WHY)で捉えられていれば、同じ価値を求めている別のシーンが見えてくる。ただし、飛地に出る時には「選ばれる理由がそのまま通用するか」を必ず現地で確かめること。同じ言葉でも、シーンが変われば中身が変わる(この罠については別記事で詳しく書いた)。

重要なのは順番だ。守りが先で、攻めが後。今のシーンで選ばれている理由を正確に掴めていないまま飛地に出ると、「なぜ選ばれたか分からないまま新しい市場に出て行って刺さらない」という結末になる。

施策の前にシーンを見よ

施策を増やしても伸びなくなった時、足りていないのは施策の量ではない。「なぜ選ばれているのか」の理解だ。

トリガーは操作できない。暑い日を作ることも、正月太りを作ることも、終電を逃させることもできない。でも「トリガーが発火した時に選ばれる状態」は作れるはずだ。

ここで誤解してほしくないのは、「選ばれる状態を作る=広告で認知を取れ」という話ではないということだ。認知は手段の1つにすぎない。もっと手前にやるべきことがある。選ばれた後の体験が「選ばれた理由」と一致しているか。オンボーディングの導線がそのシーンに合っているか。次のトリガーが発火した時に「またあれを使おう」と想起される記憶が残っているか。プロダクトと体験の設計を、シーンと理由に合わせて磨くこと。広告費ゼロでもできることは山ほどある。

明日、会議で「もっと施策を増やせ」と言われたら、一度立ち止まってみてほしい。KPIのツリーを睨むのをやめ、たった1人の顧客に会いに行く。「あの日、なぜうちを選んだのか?」を聞きに行く。

答えはエクセルの中ではなく、顧客の生活のシーンの中に落ちている。

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