グロース戦略

顧客に選ばれる理由をわかっていても売上が伸びない時に起きていること

前回の記事で、「施策を増やしても伸びないなら、顧客に選ばれている理由を掴みにいくことに立ち返りたい」という話を書いた。

記事の中では扱えなかったのだが、アンケートやヒアリングを日常的に行い、顧客がなぜ自社製品を選ぶのか、理由はすでによくわかってるよ!でも、事業は爆裂成長に結びついてないな、というケースも多いのではないか。

今回はその先の話について深ぼっていきたい。選ばれる理由を知っていることと、その理由を事業のグロースに使える形で掴めていることは別物だ。知っているのに伸びない時、何が起きているのか。

「手軽だから選ばれている」は本当か

筆者の前職、オンラインフィットネスサービスのSOELU時代の話をしたい。

SOELUは、自宅からオンラインで、ライブ(生放送)レッスンを受けられるのが特徴で、多くの顧客に支持されていた。私自身も多くのアンケートやインタビューの現場でユーザーの方とお話をさせていただいた。繰り返し出てきた声が「忙しくても手軽に運動ができる」良さだった。すっぴんで、寝る前に、自宅からレッスンを受けられる。ジムに行く準備も移動も要らない。この手軽さが選ばれる理由だ、と。

これはもちろん正しい感覚ではあるのだが、「手軽さが理由だ」という強みを軸に施策を量産してしまうと、2つの方向でおかしなことが起きてしまう。外に向かって間違えるか、内に向かって先細りするか。どちらも顧客の言葉に忠実に動いた結果として起きるから、タチが悪い。

以下ではその2つの方向を詳しくみていく。

表層の価値がサービスの本丸を壊すリスク

「手軽さが価値なら、もっと手軽にして届ける対象を広げよう」。

この発想は自然に出てくるのではないか?例えばライブレッスンよりも、動画の方がより手軽だから、サービス内に動画レッスンをもっと充実させよう、だとかYouTubeに寝る前のストレッチ動画をたくさん上げたらどうか。無料だし、好きな時間に見られるし、すっぴんどころかベッドの上で寝転んだままでもいい。手軽さでいえば最強だ。認知も取れる。そこからサービスへの導線を作れば新規獲得にも繋がるはずだ。競合を見渡すと、動画特化のオンラインフィットネスサービスも常にユーザーの獲得競争の中で視野に入っていたし、登録者100万人を超えるYouTuberはヨガ系にも宅トレ系にも複数存在していた。

筋は良さそうに見える。

ただ、SOELUはこの方向には行かなかった。

なぜか。「手軽」という言葉の中身を掘った時に重要なインサイトは別だったからである。

顧客が「すっぴんで寝る前にできて手軽」と言った時、その「手軽さ」が指しているのは「コンテンツに手軽にアクセスできること」ではなかった。手軽だからこそ、ライブレッスンを予約して時間を決める、という仕組みに乗れるしインストラクターがいるから、1人ならサボってしまう自分でもやり切れる。他の参加者がいる気配があるから、(自分は顔出ししてなくても)孤独じゃない。

つまり「手軽さ」は、運動を続けるための強制力にアクセスする条件であって、価値そのものではなかった。

YouTubeは確かに手軽だ。でも手軽すぎて「今日はいいや」になってしまう。予約もない。インストラクターとの約束もない。コメント欄はあっても、同時に参加している他の参加者もいない。手軽さを極限まで追求した結果、顧客が本当に必要としていた続けられる仕組みが消えてしまう。

しかも問題はもう1つある。「手軽さ」を入口にして集まってくる新規ユーザーは、そもそもお金を払わなくても運動を続けられるタイプの人か、あるいは払っても続かない人である可能性も高い。自分でYouTube動画を見てストレッチを続けられる人は、もともと強制力を必要としていない。わざわざ月額課金する理由がない。逆に、手軽さに惹かれて入っても強制力がなければ続かない人は、すぐに辞めてしまうはずだ。

選ばれる理由の表層で拡張すると、既存の価値を壊しながら、間違った顧客を集めてしまう。二重に外れてしまうのである。

表層の価値で縮小最適に陥るとは?

同じ「手軽さが選ばれる理由だ」という解釈は、外への拡張だけでなく、サービスの内側を磨く方向も歪める。

「もっと手軽にしよう」。じゃあ、もっとレッスン時間を短くしよう。1分間フィットネスなら究極に手軽だ。予約なしでも受けられるようにしよう。キャンセルペナルティもなくそう。こういった施策が次々と出てくるのが自然になってしまう。

実際に収録動画での1分間フィットネスを検証したことがあったが、これが欠かせないサービスになることはなかった。30分のライブレッスンに人気が集中する構造は変わらず、15分の短いレッスンですら、人気レッスンの牙城に食い込むのは難しかった。

考えてみれば当然だと思う。1分で終わるなら予約する意味がない。インストラクターと繋がっている感覚も薄い。手軽にすればするほど、顧客が本当に求めていた「続けられる強制力」が削れていく。

これが先細りの構造だ。顧客の声に忠実に最適化しているのに、やればやるほどサービスの提供価値が小さくなってしまう罠がある。

外に向かうと本丸を壊す。内に向かうと先細りする。どちらの場合も、原因は同じだ。「手軽」という言葉の解像度が足りていないのである。

顧客の要望と、顧客にとっての真の価値は矛盾する

ここで起きていることの本質は、1つの不都合な事実に集約される。

「手軽にしてほしい」と言っている顧客自身が、本当に手軽にされたら困る。

本人は「もっと手軽がいい」と言う。アンケートでも言う。でも実際に手軽にすると使わなくなる。顧客は、自分が本当に必要としているものを正確には言語化できない。

これはオンラインフィットネスに限った話ではない。

「もっと自由に」「もっとシンプルに」「もっと安く」。こうした声に応えること自体は間違っていない。でも、応え方の方向を間違えると、顧客がお金を払い続けている本当の理由を壊してしまう。顧客の要望通りに動くことと、顧客にとっての価値を守ることは、しばしば矛盾する。

だからこそ「手軽って、あなたにとって具体的にどういう瞬間のことですか?」と掘る必要がある。「自由に受けられるって、具体的にはどういう時に助かっていますか?」と聞く必要がある。

すると「予約があるから腰が上がるんですよね」「先生が待ってると思うとサボれなくて」という、表層の言葉とは矛盾するような本音が出てくる。その本音が見えてはじめて、外に拡張するにも内を磨くにも、方向を間違えなくなる。

「インサイト風」に飛びつきたくなる

ではなぜ、多くの企業がこの罠にハマるのか。顧客の声を聞いているのに、なぜ表層で止まってしまうのか。

理由はシンプルで、答えが出ない状態は怖いし苦痛であるから。「答え」に救われたい。そんな時、AIがポン出してきたロジックが、きらめいて見えてしまう。

「手軽さが理由です」と言い切ってしまえば、次の打ち手がすぐに見える。YouTubeで動画を上げよう。レッスン時間を短くしよう。週次の施策会議で発表できる。KPIも設定できる。組織が動き始める。

一方、「手軽さって、本当は何を指しているんだろう?」と問い直すと、しばらく答えが出ない時間が生まれる。次の打ち手が見えない。施策会議で「まだ検討中です」と言わなければならない。

その不安に耐えられないから、ロジックが通る最初の仮説に飛びついてしまう。「手軽さが価値→もっと手軽に」。論理は破綻していない。社内の誰にも反論されない。でも、顧客の実態からは離れてしまう。

正直に言えば、これは個人の意志の弱さの問題ではない。組織で意思決定をする以上、「無限に検討し続けます」は通りにくい。特に数字が伸び悩んでいる時ほど「早く手を打て」というプレッシャーは強くなる。答えがない不安と、組織の意思決定のスピード。この2つの間で、多くのチームが表層の言葉に飛びつくことになる。悪循環になってしまう。

意思決定の単位を変える

ではどうすればいいのか。「もっとじっくり考えろ」では答えにならない。経営者は来月の会議で方向を示さないといけないし、「一旦調査継続しましょう」は意思決定の先送りにすぎない。

ここで必要なのは、意思決定の単位を変えることではないか。

「次の戦略を決める」のではなく、「次に何を確かめるかを決める」

たとえばオンラインフィットネスの例なら、「YouTube戦略でいくかどうか」を決めるのではなく、「継続率の高いユーザー5人に、なぜ続いているのかを聞く」と決める。聞いてみて「予約があるから続く」「先生がいるからサボれない」が出てくれば、YouTube路線は外れだと分かる。逆に「好きな時に好きなだけできるのがいい」が多ければ、手軽さの追求は正しい方向かもしれない。

どちらにしても、1〜2週間で仮説の方向が見える。予算もほとんどかからない。

大事なのは、これは「慎重にやりましょう」という話ではないということだ。むしろ逆で、確かめるフェーズを最速で回すことが肝になる。5人に聞くのに3ヶ月かけていたら、市場の機会は消えてしまう。

組織が本当に必要としているのは、「正解の戦略」ではない。「根拠のある次の一手」だ。その根拠を最速で手に入れる方法が、顧客5人に会いにいくことだと思っている。

「手軽って、あなたにとって具体的にどういう瞬間のことですか?」

この一問が、表層のまま走り出すか、本丸を掴んで動けるかの分かれ道になる。

まとめ

選ばれる理由を知っていることと、その理由で成長できることの間には壁がある。

顧客の言葉の表層で外に拡張すれば、既存の価値を壊しながら間違った顧客を集めてしまう。表層で内を最適化すれば、サービスの提供価値が先細りしていく。どちらも顧客の声に忠実に動いた結果だから、社内で誰も疑問に思わない。

この罠を避ける方法は、顧客の言葉をもう一段掘ることだ。「手軽だから」で止まらず、「手軽って具体的にどういうことですか?」と聞く。すると、表層の言葉からは見えなかった本丸が出てくる。

答えはすぐには出ない。でも、出ないまま顧客に会いにいくことが、安易な仮説に飛びつかない唯一の方法であるとKumonoでは考えている。

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