目次
相談するこんな方におすすめ
AIツールを導入して、現場では使われ始めたけど、次に何をすべきかが見えない
「ボトムアップで広げるべきか、トップダウンで進めるべきか」で迷っている
この記事を読むと
Before:AI導入の方針が曖昧で、現場任せ or トップダウンの二択で迷っている
After:足し算型と逆算型の違いが分かり、自社が今どの段階にいるかが見える
最初は経営層がAIを触り倒すところから
当社Kumono社では、スタートアップや成長企業に対して、事業開発の伴走支援とAI活用の実装支援を行うなかでAI導入で事業成果を出す、という観点で常日頃実感していることがあります。
AI導入で最初に必要なのは経営者自身がAIを触り倒すことが不可欠だということです。AIツール選定でも、組織論でも導入戦略でもありません。
これは精神論ではなくて、構造的な理由があります。
前回の記事で書いた通り、AIを入れても組織が速くならない・事業成果に結びつかないのは「ボトルネックじゃない場所にAIを入れているから」であると考えられます。そもそもの話、何がボトルネックなのかは、AIを実際に使って初めて見えてきます。
例えば、自分でデータ分析をAIにやらせてみて、「あれ、分析は一瞬で終わったのに、レビューに1週間かかるぞ」と気づいたり、資料作成をAIに任せてみて、「できたけど、これを通す承認フローの方が長いぞ」と気づいたり、といった具合です。この気づきがないと、ボトルネックの議論自体が始まりません。
AIを触ったことがない経営者が「AI導入の方針を決めたい」と言っても、地図を見たことがない人がルートを引こうとしているようなもので、まずは自分の手元で使ってみて、「速くなる/ うまいこといくところ」と「うまくいかないところ」の差を体感する。そこから初めて、組織全体をどうするかの議論が具体的になります。
ボトルネックの見つけ方や、そこへの対処の5ステップについては前回の記事で詳しく書いたので、そちらを参照してください。
今回の記事では、その先の話をします。ボトルネックの存在に気づいた上で、組織としてどういうアプローチを取るか。ここで各社の方針が分かれるように思います。
パターンA ボトムアップで広げる
最もよくあるアプローチです。「ボトムアップ」と銘打っていますが、まず経営層がAIの価値を実感した後、「これ、みんなにも使ってもらおう」と全社展開する、といった形でトップダウンでのツール導入が起点となることが多いです。
Claude Teamプランを導入する。GWSで利用できるGeminiの利用を推進する。社内勉強会を開く。AI活用コンテストをやる。利用率をKPIにする、といった具合です。
現場からは好意的な反応が返ってきます。「便利です」「1時間でできた」「モック作ってみました!」などと続々週報に声が集まります。
一方で起きがちな問題点があります。AIで作業が速くなった分、空いた時間にさらに仕事を詰め込んでしまうのです。真面目で優秀な人ほど、「やりたかったけどできなかったこと」を次々と追加してしまう。組織として新しい方向に動くのではなく、個人が手元の仕事を充実させる力学が働いてしまいます。
これは構造的に動く理由が乏しいということです。個人の評価は「今日の業務を正確にこなすことの積み重ね」で決まる。給料も市場における職種の相場感と照らし合わせて決まる。とすると、個人がせっかく業務を自動化してAI導入以前の3倍の仕事量を行なっても給与は3倍にならないし、むしろ自分の仕事がなくなるかもしれないという不安がよぎってしまう。
上記の関係なしに起こる別の論点として、好奇心旺盛で自律的で優秀な社員ほどAIにハマって、自分の能力を拡張できる道具として活用の幅や深さをどんどん広げていくというポジティブなケースもあります。ただ、そのエネルギーも多くの場合は「個人の成長・個人単位のアウトプットの最大化」に向かうのであって、「組織の変革」には向かわせることは難しいです。とすると、組織全体の構造が変わらないという結論に陥ってしまいます。
自分のクライアント先でも、同じことが起きています。AIツール導入後にメンバーにヒアリングすると「便利になりました」とは言うけれど、やっと超多忙状態落ち着きましたか?と聞くと答えが返ってこない。「自動化の提案をすると拒否反応が出るタイプが多い」という声も聞きます。暇になることへの漠然とした不安や勤勉性も背景にはあるのかもしれません。
パターンAの本質は、今の組織にAIを「足す」ということです。 組織構造も評価制度も業務フローも変えずに、ツールだけを足し算する。便利にはなるけれど、前回の記事で書いた通り、ボトルネックが別の場所にある限り、全体のスループットは変わりません。
パターンB:トップダウンで仕組みを作る
パターンAの限界に気づいた経営者が次に考えるのが、トップダウンでの仕組み構築です。
Xでもこんなポストが話題になっていました。
このポストの論旨は「AIは社長と役員だけが使え。仕組みを作って社員はそれに乗っかろう。社員はウェットな営業に全振りさせるのが良いのでは」というものでした。
一見過激に見えますが パターンAの「ボトムアップではインセンティブが働かない」という問題に対する、一つの合理的な回答ではあります。
多くの中小企業において、本当のボトルネックは現場の作業速度ではなく、経営者の意思決定と仕組み設計です。「何をやるか」「どう回すか」を決める部分が詰まっている。そこにAIを当てろという方向性自体は、前回の記事で書いたザ・ゴールの「ボトルネックにリソースを集中させろ」と整合しています。
ただし、パターンBには先がありません。
ザ・ゴールの5ステップは、ボトルネックを1つ解消したら次のボトルネックが別の場所に現れて、またステップ1に戻る、という繰り返しです。経営者の意思決定をAIで高速化できたとして、次に詰まるのは社員側の工程(レビュー、実行、顧客対応)に移動する可能性が高い。でもパターンBは「社員には使わせるな」と言っているから、移動した先のボトルネックに対処する手段を最初から捨ててしまうことになるのではないでしょうか。
最初の1つ目のボトルネックには対処できる。でも、継続的改善のサイクルが回らない。ザ・ゴールで言えば、ステップ5(最初に戻る)ができない設計になっている。
パターンBもまた、今の組織にAIを足す発想です。パターンAとの違いは誰が使うかを限定したかだけであって、組織そのものを変えようとはしていません。
パターンAとBに共通する壁
「じゃあどうするの??」という話に入っていきます。ここで少し引いて見てみたいと思います。
パターンA(ボトムアップ)もパターンB(トップダウン)も、今の組織を前提にして、AIをどう載せるかを考えている点では同じです。今の組織構造、今の評価制度、今の業務フロー、今のチーム構成。これらを維持したまま、AIという道具を足す。
これを本記事では「足し算型」と呼びます。
足し算型の枠の中で改善を重ねていくと、前回の記事で書いたボトルネック移動の3パターン(意思決定がボトルネックになる、レビューがボトルネックになる、何をやるかの定義がボトルネックになる)が構造的に発生します。1つ解消してもまた次が出てくる。しかもAI以前のルールや承認フローが惰性で残り続けるから、改善の効果がルールに打ち消されます。
では、この壁の向こう側に何があるのでしょうか?
パターンC:前提を書き換える
ここでいう「前提を書き換える」とは、誰が何を担うか、どこを人がやるか、どこをAIに任せるか、何をKPIとして追うかを組み替えていこうというスタンスです。
今の組織にAIを足すのではなく、「この事業でボトルネックに人を集中させ、非ボトルネック工程をAIに任せたら、組織はどういう形になるか」から組み替えて、業務・組織・KPIを再設計する。
前回の記事で書いたザ・ゴールの5ステップは「ボトルネックを見つけて、そこに集中する」という内容でした。パターンCは、その5ステップを1回まわすのではなく、5ステップを回した先の理想形から逆算して、今の組織を再設計するという発想です。
となると当然見るべき指標も変わります。「AI利用率」や「工数削減XX時間」ではなく、
- ボトルネック工程の待ち時間が減ったか
- 人がやるべき工程に人が集中できているか
- AI導入後にボトルネックが移動した先まで、改善サイクルが回せているか
- 顧客に届くまでのリードタイムが縮んだか
これらは全部、前回記事のザ・ゴールのフレームから自然に導ける指標です。
ちなみにLayerX社は、自社の羅針盤でこの考え方をさらに徹底しています。
資料によると「今の組織にAIをAdd onする(足し算型)」ことと「人とAIの共創の理想から逆算して再構築する(AI-Native)」ことを明確に分けて、KGIを「業務の自律化率」と「1人あたりの売上生産性」に置いています。自社の全事業でこれを貫いている点で、かなり参考になる事例です。
Cは前提を変えるから、足し算型で起きる摩擦がそもそも生まれる場所が違います。組織設計とAI活用を同時に動かすので、「自動化したら仕事がなくなる」という恐怖も「AIを入れたけど承認フローが変わらない」というボトルネックも後から対症療法で対処するより、手前で軽減することが可能です。
ただし、現実の組織では、最初から全面的に前提を書き換えられることは多くありません。既存の事業が回っている以上、いきなり全部を白紙から設計し直すわけにはいかない。実際にはAやBの打ち手を取りながら、どこまでCの発想で再設計できるかが分岐点になります。大事なのは「Cが正解」ということではなく、Cの視点を持っているかどうかが重要だと考えます。
パターンAからCに踏み込んだ例(DeNA社の公開事例)
パターンCは理想論に聞こえるかもしれませんが、実際にAからCへ踏み込んでいる大企業があります。DeNA社の事例です。
DeNAは2025年に「AIオールイン」を宣言し、約3,000名の現業部門をAIで効率化して半分の人員で回し、捻出した人員を新規事業にシフトさせるという方針を打ち出しました。まさに全社でボトムアップのAI活用を推し進め、法務のリーガルチェック工数90%削減、QA業務50%削減といった成果も出しています。
しかし、南場智子氏は2026年3月のDeNA AI Dayで率直にこう述べています(type.jp 書き起こし記事)。AIで作業が楽になった分、空いた時間にさらに仕事を詰め込んでしまう。新規事業への人材シフトが想定していたほどには進んでいない、と。
ここまでは、まさにパターンAの壁そのものです。
注目すべきは、ここからの打ち手です。南場氏はこう続けています。「放っておくと次の仕事を取りに行ってしまうから、ある種”乱暴”とも言えるほどの強いリーダーシップで、先に人員をシフトさせることが必要だ」と述べています。さらに、マネージャーの評価指標に「人材の輩出」を組み込む方向で動いているそうです。
これは足し算型の発想ではありません。「AIで浮いた時間をどう使うか」を現場に任せるのではなく、先に人を動かし、評価制度も変える。組織構造そのものを書き換えにいっています。
法務90%削減やQA50%削減の成果も、AIツールを入れただけで実現したわけではなく、AIの活用を前提に業務フローそのものを組み替えた結果です。
ザ・ゴールの言葉で言えば、ボトルネック(=現業に人が張り付いて新規事業に人が回らない)を特定し、そこに対して組織構造と評価制度をセットで動かしている。パターンAの壁にぶつかった上で、Cの領域に踏み込んだ動きと言えます。
パターンCの実例①
もう少し小さな規模の話もしましょう。私が支援しているあるスタートアップでは、経営陣と以下の意図のもと、組織の前提書き換えを一緒に進めました。
「社員をそんなに増やしていくつもりはない。可能な限りAIエージェントで代替していく。ただ、クライアントとの関係構築を担う人間は増やす。対人のところはどうしても人でやらないといけないから。」
これは一見すると、パターンBの「社員は泥臭い営業に全振り」と似て見えるかもしれません。でも本質が全然違います。
パターンBは、今の組織を前提にして「AIを使う人を限定する」という話です。この会社では最初から「人×AIの理想の組織」を逆算して設計しています。
この事業のボトルネックは、信頼関係に基づくクライアントコミュニケーションです。ここは人でしか対応できない。だからここに人的リソースを集中させる。一方、バックオフィスや分析、オペレーションの仕組み化といった非ボトルネック工程は、AIエージェントに回す。
ザ・ゴールの言葉で言えば、「ボトルネックに人的リソースを集中させ、非ボトルネック工程はボトルネックのペースに従属させる」をそのまま実践しています。
ポイントは、「AIで人を減らす」のが目的ではないということです。ボトルネック(=信頼関係が求められる対人コミュニケーション)に人を集中させるために、それ以外をAIに任せる。順番が逆なのです。
パターンCの仮想事例②
もう1つ、分かりやすい例を考えてみましょう。
個人の会計事務所を想像してみてください。税理士1人に事務スタッフが数名、顧問先が100社ほど、捌ける量の天井スレスレで忙しくされています。
この事務所にAIを入れたらどうなるでしょうか?
仕訳の自動化。帳簿のチェック。確定申告書類の下書き。確かに楽にはなりますよね。でも、この事務所のボトルネックは仕訳作業ではありません。税理士の方が追われる仕事は、顧問先の社長からのイレギュラー対応です。「この取引、大丈夫?」「決算をどう着地させる?」「銀行にどう見せる?」といった、判断が求められる相談対応です。ここの処理能力が変わらない限り、仕訳をいくら自動化しても100社というキャパの天井は変わりません。
足し算型の発想で考えると、「今の業務にAIを足して、事務員の工数を減らす」で止まってしまいます。
これを逆算の発想で考えてみましょう。
まず顧問先の経営データを常時モニタリングして、異変があればアラートが自動で飛ぶ仕組みをAIを用いて作ります。次に社長が相談してくる前に「ここはちょっとおかしくないですか?」と先に気づける。そうすると、トラブル対応という事後の相談(=ボトルネック)自体が減る。ボトルネックが消えるから、キャパの天井が変わる。
さらには月次の着地見込みを自動で出して、融資や決算対策のタイミングを先回りして提案できるようにする。「何かあった時に出てくる税理士」から「社長より先に気づいてくれる税理士」と付加価値を別角度から載せることができるようになるかもしれません。
これは「AI化して楽になった」という話ではありません。AIがある前提で「税理士事務所はどうあるべきか」を逆算で再設計した結果、そもそものビジネスモデルと提供価値が変わる可能性を秘めているのでは?という話になります。
前者(足し算型)の税理士は、稼働のキャパが天井となる可能性があります。後者(逆算)の税理士は、同じ人数でより多くの顧問先に、より高い価値を提供できるポテンシャルがあるともいえます。
足し算か、組み替え型か
ここまでの話をまとめます。
AI導入は段階を踏みます。まず経営者自身がAIを触って、ボトルネックの構造に気づく。次にボトムアップやトップダウンで組織に広げてみる。そこ*足し算型の壁(ボトルネックが移動するだけ、旧いルールが残る、インセンティブが働かない)にぶつかることになります。
ここで「もっとAIツールを増やそう」「利用率を上げよう」と部分最適を重ねるか、「そもそも今の組織を前提にしていること自体が問題では?」と問い直すか。この分岐が、足し算型と組み替え型の違いです。
パターンCは、いきなり到達できるものではありません。AやBを通過する中で初めて見えてくる視点です。DeNAの事例が示す通り、Aの壁にぶつかった上でCに踏み込むという順番は、むしろ自然な流れです。だからAやBが無駄だったわけではなく、むしろ必要な通過点と言えると思います。
実務上は、AやBの施策を走らせながら、Cの視点で「この業務はそもそも必要か」「この承認フローはAI以前の名残ではないか」と問い直していく。その繰り返しの中で、少しずつ組織の前提が書き換わっていくのが現実的な進め方だと思います。
その最初の1歩は、ボトルネックを特定すること。前回の記事の5ステップに沿って、まずは「どこが詰まっているか」をぜひ見てみてください。その上で、詰まりの原因が「今の組織の前提」にあるのか、「AIの当て方」にあるのかを区別する。
足し算か、組み替えか。この問いに対する自社の答えを持つことが、AI時代の組織設計の出発点だと思っています。
関連記事
AIを入れても組織が速くならない理由を、40年前の工場の本が説明していた
参考
南場智子氏の発言:type.jp DeNA AI Day 2026 書き起こし記事
LayerX 羅針盤「AI-Nativeに仕事を再構築する」:Speaker Deck
エリヤフ・ゴールドラット『ザ・ゴール』(ダイヤモンド社)
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