AIが働ける状態って結局何?
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【大AI時代】AIが働ける状態をつくる
たとえば、顧客向けの提案書をAIに作ってもらうとする。
会社の概要とサービスの説明を渡せば、提案書の体裁は整うかもしれない。けれど、その顧客が以前どんな提案を断ったのか。担当者が社内で何を説明しなければならないのか。予算以外に、どんな制約があるのか。そうした事情への考慮の気配や痕跡がなければ、実際に出せるものにするには手直しが必要になる。
その手直しを「AIはまだ実務では使えない」と評価することもできる。ただ、直した内容のうち、どこまでがAIの能力の問題で、どこからが渡していなかった情報の問題なのだろうか。
AIに何を任せられるかを考えるとき、自分はこの区別を大事にしている。どのモデルやツールを使うかと同じくらい、そのAIが働ける状態になっているかを整える重要性が増しているからだ。
現場には、すでに「原液」がある
先ほどの例で、提案を手直しできる人は何を審美眼として持っているのか。
顧客とのやり取り、過去の失敗、業界の事情、社内で通る説明の仕方。「この顧客には、この順番で話したほうがいい」という感覚にも、経験から得た理由があるはずだ。
自分は、こうした知見を「原液」と呼んでいる。
一次情報や独自データだけではない。現場経験、顧客理解、自分なりの考え方、良し悪しを見分ける基準も含む。何をつくるべきかを決め、できたものを評価するための材料である。
文章や資料の形にする作業をAIに任せられるほど、その中に何を入れるのかが問われる。同じ形式の提案書でも、相手の事情を踏まえているものと、一般的な説明を並べたものでは、役に立ち方が当然違う。
そこで必要なのは、会社がもともと持っている知見を見つけることだ。新しい情報を外から集める前に、すでに現場にあるのに、特定の人しか使えていないものを発見するのである。
知っていることと、使えることの間
もっとも、原液を持っているだけでは、AIは使えない。
担当者の頭の中にあること、昔の議事録に一度だけ書かれたこと、チャットの途中で決まった例外対応。それらを必要な場面で取り出せなければ、AIには毎回説明し直すことになる。
ここでいう「AIフレンドリー」は、必要な知見を参照し、仕事に使える状態のことだ。
完成した提案書を保存することにも意味はある。しかしそれだけでは、なぜその構成にしたのかまではわからない。今回は顧客が導入の手間を心配していたから、機能より先に運用体制を説明した。その理由がログにきちんと残っていれば、別の提案にも応用しやすくなる。
ログとして残したいのは、成果物に加えて、その判断に使った情報と理由である。
とはいえ、最初から会社の情報を全部きれいにする必要はない(骨が折れすぎる)。整備自体が大仕事になり、何のためにやっていたのかわからなくなる。まず任せたい業務を一つ決め、そこで何度も説明していることや、手直しの理由から残していけばいい。
何が決まっていて、何がまだ仮説なのか。どの情報が最新で、何が変わったのか。こうした区別も、その知見を使うための文脈になる。
残した情報を、毎回すべて渡す必要もない。その仕事の目的に応じて、必要な顧客情報や判断基準を選び、AIが参照できるようにする。情報を蓄積することと、今回使う文脈を取り出すことは、両方を考えておきたい。
仕事の前後までつなぐ
情報が整ったら、次は実際の仕事につないでいく。
たとえば、AIが提案書の下書きをつくれても、毎回人が顧客情報を探し、過去の資料を集め、コピーして渡し、出力を別の場所に移しているなら、その準備と後処理は人間に残っていることになる。
もちろん、下書きだけでも十分に助かる仕事はある。大事なのは、仕事全体のどこが重い(ボトルネックな)のかを発見したうえで、任せる範囲を決めることだ。
必要な情報はどこにあるのか。何をきっかけに作業を始めるのか。どこまでをAIに任せ、どこで人が判断するのか。確認した結果を、次にどこへ渡すのか。
この前後関係まで決めておくと、AIの出力を業務の工程に組み込むことができる。
また、すべてをAIで処理する必要もない。答えが一意に決まる計算や、決まった条件での振り分けは、通常のプログラムで処理したほうが確認しやすいこともある。文章の解釈や下書きなど、AIが役立つ部分と組み合わせればいいのである。
「AIをどれだけ使ったか」より、その仕事を無理なく繰り返せるようになったかを優先するのである。
裏側は濃く、表側は軽く
ここまで整えたとして、忘れてはいけないのは出力の先には人間の受け手がいることだ。
AIを使えば、多くの材料を集めて、いくつもの案をプロセス込みでつくりこむことができる。ただ、それをすべて相手に渡したとき、相手の判断が楽になるとは限らない。
たとえば、意思決定者が知りたいのが「どちらの案を選ぶべきか」であれば、詳細な調査結果を並べるだけでは足りない。選択肢の違い、推奨する理由、判断を変えうる不確実性まで整理されていて、初めて決めやすくなる。
作る側の手間が減っても、読む側には、理解し、比較し、判断する時間が必要である。
だから、裏側は濃く、表側は軽くする。
十分に調べ、比較し、根拠を持つ。そのうえで、相手がいま必要としている形にまとめる。詳しく確認したい人が根拠をたどれるようにしておけば、最初から全部を読んでもらう必要はない。
これは、ただ短くするという意味でもない。判断に必要な前提や例外まで削れば、短くても使えない資料になる。相手が何を理解し、何を決めるための出力なのかによって、適切な量は変わるはずだ。
AIに渡す情報を整えることと、人に届ける情報を整えること。その両方のバランス感覚が必要だと思う。受け手に渡す情報の量については、インドで考えたことにも書いている。
修正を、次の仕事の材料にする
もう一つ大事なのは、使った結果を残すことだ。
AIがつくった下書きを、人が直して納品する。本来それで仕事は終わる。ただ、なぜ直したのかが残らなければ、次も同じ説明や修正が必要になるかもしれない。
顧客の事情を追加したのか。説明の順番を変えたのか。言い切りすぎている箇所を弱めたのか。修正は、次の仕事に使える判断の宝庫なのである。
その判断を、参照する資料や作業手順、出力の基準に反映する。ここでいう改善の蓄積は、AIが勝手に覚えてくれるという話ではない。次に参照できる形で、人と仕組みの側に残しておくということだ。
ただし、一度の修正をすべて共通ルールにしてしまうと、それも使いにくくなってしまう。今回の顧客だけに当てはまる事情なのか、ほかの仕事にも使える基準なのかは分けておきたい。
一回の出力がよかったかに加えて、使うほど次の仕事に役立つものが残っているか。この視点で見ると、AI活用で整えるべきものが具体的になる。
Kumonoが整えたいもの
Kumonoでは、こうした一連の流れ自体を支援することを仕事として捉えている。
現場にある知見と課題を見つけ、必要な情報を整え、業務につないでいく。出てきたものを受け手に届く形にし、運用の中でわかったことをさらに次のプロセスに繋ぎ込んでいく。
そのためには、技術と、事業・業務の文脈の両方を見る必要がある。何ができるかだけでなく、どこに手間がかかっていて、何をよい結果とするのかを理解したうえで、仕組みに落とし込む。
冒頭の提案書の例に戻ると、直した箇所には、その会社が顧客をどう理解しているかが表れている。その知見を一人の手直しの中に閉じ込めず、次の仕事でも使えるようにする。
そうやって、現場の知見が繰り返し働く仕組みをつくりたい。Kumonoの考える「AIが働ける状態づくり」は、そこまでを含んでいる。
